メッセージ4
EU/欧州諸国は、金融・財政危機、難民・移民 危機、テロリズムの脅威など多様かつ深刻なリ スクに直面しています。2016 年 6 月の国民投票 で英国が EU 脱退を決定した後、欧州懐疑派、反 EU 統合を訴えるポピュリスト政党が欧州各国 で気炎を上げ、2017 年フランス、ドイツでの選 挙を控えて、EU 脱退の「ドミノ倒し」が懸念さ れています。しかし EU の動向が世界の政治経 済に与える影響が大きいだけに、EU 研究の重要 性がさらに増し、社会的なニーズも高まってお り、本学会会員諸氏の活躍の場も広がりつつあ ります。
EU 学会第 37 回(2016 年度)研究大会は、 2016 年 11 月 26 日(土)~27 日(日)に一橋大 学にて『自由・安全・正義の領域─難民・テロと EU』というテーマで開催されました。ヨーロッ パからは、EUI(European University Institute ) の Rainer Bauböck 教授をお迎えし、難民問題と 国境管理をめぐる論点についてご講演いただき ました。シリアや中東からの難民受け入れと EU 加盟国における国境管理と「負担の分担」などに ついて同教授と 3 名のディスカッサントやフロ アーの先生方を交えて活発な議論が行われまし た。同日の理事会では、岩田健治理事(九州大学 教授)が次期理事長に選出されました。岩田先生 には学会改革の残された課題に引き続き取り組 んでいただくことになります。EU 学会も視野を 広げ、世界の EU 研究者、欧州研究機関等と連携 を図る重要性が増しています。国際経験の豊か な岩田先生が新理事長に就任され、本学会のさ らなる発展にご活躍いただけるものと確信しております。
この 2 年間、理事長として本学会の会員であ ることのメリットを実感できる、会員満足度の 高い学会へと改善を図っていく必要があると考 え、実現可能なものから徐々に実施に移してま いりました。日本学術会議や他の関連学会等と も連携を図りつつ、若手研究者や新入会員も多 くの報告の機会が得られるように、制度改革委 員会、企画委員会などを立ち上げ、本年度の EU 学会研究大会からポスター・セッションも行わ れることになりました。
他 方 で は 、 EUSA-AP ( European Union Studies Association Asia Pacific) Tokyo Conference 2017 の開催を目指して、羽場久美 子理事をはじめ国際交流委員会の皆様のご協力 を得て、ニュージーランドの EUSA-AP 事務局 と連絡を取りつつ準備に取り組んでまいりまし た。昨年中に国際会議開催費の公的補助金申請 も行い、本年 7 月 1-2 日(土・日)、東京の青山 学院大学で EUSA-AP 東京大会が開催される運 びとなりました。海外からの参加者も含め、すで に 100 名以上の参加が予定されておりますが、まだ登録がお済でない学会員の皆様も日本 EU 学会 HP から登録可能ですので、ぜひご参加を お願い申し上げます。さらに日本 EU 学会第 38 回(2017 年度)研究大会は、2017 年 11 月 18 日(土)および 19 日(日) に 九州大学(病 院キャンパス・馬出九大病院前駅)において、岩 田新理事長の下、(共通論題)「ローマ条約60 年ー危機の中の再検証」というテーマで開催さ れることになっております。初夏と晩秋に皆様 とお会いできるのを心待ちにしております。
最後に理事長を退任するにあたり、微力なが らも 2 年間の任期を満了することができるのは、 ひとえに学会員の皆様、理事の皆様のお力添え のおかげであり、とりわけ小久保康之事務局長 には、たいへんお世話になり、心から感謝申し上 げます。今後とも会員の皆様方の本学会への一 層のご支援、ご協力を賜りますようよろしくお 願い申し上げます。
(2017 年 3 月 21 日)
メッセージ3
第2次大戦後、平和、自由、人権、寛容、デモ クラシーなどの高邁な理念のもとに進められて きた EU 統合が、いま、なぜ頓挫しつつあるので しょうか。EU は「不戦共同体」を目指した ECSC 創設からはじまりましたが、現在、ユーロ危機、 移民・難民危機、テロの脅威など多様かつ深刻な リスクに直面しています。2016 年6月このリス クに追い打ちをかけた〝Brexit(Britain + Exit)” 英国の EU 離脱という選択は、EU 諸国のみなら ず、日本や世界、そして私たち EU 研究者の多く にとっても大きな衝撃でした。しかし、欧州統合 の歴史から、英国ならありうる想定内の出来事 だと思われた会員も少なくないと存じます。こ の「ブレグジット」は他の EU 諸国でも欧州懐疑 派を勢いづかせ、EU 脱退の「ドミノ倒し」へと 繋がるのではないか、あるいは「EU 崩壊」の始 まりではないかという懸念もメディア等で多く 表明されています。
2016 年 4 月「パナマ文書」がリークされ、そ のなかにキャメロン首相親族の名前が含まれて いることが報道された後、国民の反キャメロン 感情が高まり、EU 残留を望むキャメロン首相に 対する抗議として EU 離脱に票を投じた人々が いました。また他の人々は、EU の危機、多国籍企業や富裕層のタックス・ヘイブンを利用した 不当な租税回避や反社会集団のマネーロンダリ ングへの批判、あるいは激増する移民や難民の 大量流入やテロへの恐怖など、グローバリズム とナショナリズムの対立を一連の問題として捉 え、EU 離脱を選択しました。今回の英国国民投 票では、EU 残留派と離脱派との分断は、若者層 と高齢者層の世代間、富裕層と貧困層の階層間、 都市と地方の間での対立が見られ、高学歴エリート支配に対する庶民の反発として、社会的な 亀裂が浮かび上がってきました。しかし、これは 英国だけに見られる現象ではなく、他の欧州諸 国議会や欧州議会内でも有権者の不満や政治不 信に基づいた異議申し立てが見られ、欧州懐疑 派、反 EU 統合や「再国民国家化」を訴える極右 政党が伸張し、EU からの脱退論が複数の加盟国 で噴出してきています。
1980 年代以降、新自由主義(neo-liberalism)の 台頭と経済活動のグローバル化に伴い,日米や EU のみならず世界中で所得や富の分配の不等化,格差の拡大が進行しました。英国は、ユーロ にもシェンゲン圏にも参加しておらず、他の EU 諸国と比べユーロ危機や移民・難民危機の影響 は少ないはずですが、英国を含め、欧州諸国では、 社会や労働市場の分断が起こり、経済格差の拡 大、貧困と社会的排除、勝者と敗者を作り出す社 会の亀裂が鮮明化しています。グローバル化の 恩恵には浴していないと感じている大多数の庶 民には現政府・政治体制への不満や幻滅があり ます。多くの欧州諸国では、近年、経済格差の拡 大や貧困と社会的排除、労働市場の分断、社会的 亀裂の深刻化など、政治経済や安全・秩序にかか わる多様な問題を生み、EU に対しても欧州市民 の多くに政治不信や失望感が漂っているようで す。
EUの最大の特徴である「国境を越えるヒト、 モノ、資本、サービスの域内自由移動」は、グロ ーバリゼーションを歴史的に先取りした「社会 実験」であると見做されてきました。 EU が今後も欧州の連帯を確保するリスクガバ ナンスの主体であり続けることができるのか、 という根源的な問題が提起されたことは否めな いと考えております。リスクは誰がどのように して引き受けるべきなのでしょうか。グローバ ル化した現代社会におけるリスクは、脆弱な社 会層の人々に押し付けられる傾向にあります。 貧困やリスクを押し付けられた人々の政治や社 会への不満や怒り、疎外感が暴動や犯罪、テロ事 件の背後にあり、移民・難民排斥、偏狭なナショ ナリズムの感情とポピュリズムを生み出し、さ らに脆弱な層への攻撃となって現れます。それ ゆえ EU においても、アンソニー・B・アトキン ソン(『21 世紀の不平等』2015 年)やトマ・ピケ ティ(『21 世紀の資本』2013 年)が勧告するよう な格差を是正する改革が要請されるでしょう。
EU/欧州統合は今後も紆余曲折を経ながら、 「危機をチャンスに変えて」さらなる超国家的 統合への深化や発展に向かうのか、あるいは政 府間主義的性格を強めて、各加盟国の裁量権を認め「可変翼・アラカルトの統合」や「多速度・ 多段階統合」へと向かうのか、その行方を注視し ていく必要があると思います。いずれにせよ、ブ レグジットが提起した EU 統合の現実とグロー バル化した世界の構造的・根源的なリスクの背 景や含意を検討することが要請されています。 欧州統合の行方は、EU/欧州諸国の当事者のみな らず、日本を含む国際社会やわれわれ EU 研究 者にとっても、重くて複雑な研究課題を突き付 けられているように思います。EU 統合が危機的 な状況にあると叫ばれる現在だからこそ、EU 研 究をさらに強化し、共同研究も深化・発展させていく必要があります。これらの諸問題や EU改革の行方など研究課題を議論するための学際的フォーラムとして日本 EU 学会がさらに発展し ていくことを心から願っております。
(2016年10月掲載)
メッセージ2
EU では現在、EU 統合の根幹にかかわるよう な多くの難題が矢継ぎ早に提起され、欧州分断 を避けられるのか、懸念されています。ユーロ危 機、ウクライナ危機、難民・移民の流入危機、排 外主義・極右会派の台頭、テロリズム、EU 脱退 の是非を問うイギリスの国民投票など、政治・経 済・法制度が複雑に絡み合い、脱領域化した諸問 題に、EU による危機管理と連帯、ガバナンスが 有効に機能するのかどうかが問われております。 それは本学会の会員一人ひとりに提起された学 際的な研究課題でもあると思います。
さて、本年最初の学会ニューズレターでは、昨 年度の研究大会について紹介するのが慣行とな っております。昨年 11 月 21 日(土)~22 日(日) の両日、第 36 回(2015)年度研究大会が、関西大 学(千里山キャンパス)において盛況裡に終わり ました。高屋定美理事をはじめ、関係者の皆様に 厚く御礼申し上げます。「100 周年記念ホール」 をメイン会場として、今回は、「EU とアジア- 相互にとっての意味-」を共通論題として活発 な議論が行われました。
初日の第 1 セッション基調講演としては、久 保広正理事の司会の下、まず田中俊郎(慶應義塾 大学)先生が「 EU とアジア」を俯瞰する報告 をされ、次に小川英治(一橋大学)先生が、「ユ ーロ圏危機とアジアへの教訓」を、また小林友彦 ( 小樽商科大学) 先生が「アジアにおける EU の 経済連携協定・戦略的パートナーシップ協定の 特徴」について報告されました。基調報告では、 政治・経済・法律のそれぞれの専門的観点からバランスの取れた、またそれらが相互に補完的関 係を保ちつつ、「EU とアジア」の全体像を把握 し、議論することができたと思います。
午後の外国人ゲストスピーカーによる第 2 セ ッションでは、Viorel Isticioaia-BuduraEU 駐日 EU 代表部大使によって「新たな日欧関係におけ る FTA と SPA の重要性」が指摘され、また Gunther Hellmann ( Goethe University Frankfurt)先生は、「マルチラテラルな世界に おける規範的パワーと欧州外交政策」を、さらに Hae Jo Chung( Pukyong National University) 先生は、「韓国―EU 間 FTA と韓国経済への影 響」についてご講演をくださいました。初日の研 究大会終了後開催された懇親会(於:レストラン 紫紺)は、開催校の学長や高屋理事をはじめ、関 係の皆様のご尽力により、たいへん盛大に、また 楽しく歓談することができましたことを、心か ら感謝申し上げます。
本学会 2 日目午前の政治・社会、経済、法律の 各分科会を中心とした専門性の高い 3 つのセッ ション、午後の全体セッション「変容する国際環 境における EU 農業政策」がもたれました。各部 会、各分科会の垣根を越えた本学会の本来の目 的の一つでもある学際的な議論も徐々に深まりつつあるようです。年 1 回の研究大会を柱とし つつも、ECSA-World,やアジア太平洋や EU 学 会との連携・協力関係をさらに強化し、特に若手 会員がこれら海外学会で報告するための派遣助 成制度も国際交流委員会のお力添えを得て制度 化されました。さらなる学会の活性化を目指し て、星野広報委員長と八谷理事、臼井理事らの献 身的なご努力により広報委員会では、学会ホー ムページを改善・刷新しました。また須網企画委 員長を中心に、2016 年度研究大会(於:一橋大学) では、「自由・安全・正義の領域―難民・テロと EU」を共通論題として、企画が練られておりま す。制度改革委員会では、関西 EU 研究部会設置 などを皮切りに、EU 研究地方部会を立ち上げて いく準備を進めております。小久保事務局長を はじめ理事の多くの先生方の学会運営への積極 的なご貢献に深謝します。各部会や分科会を拝 聴し、シニア・中堅会員のみならず若手の会員の 方々も活躍しておられ、次世代を担う EU 学会 会員の層の厚みも感じられ、本学会のさらなる 発展と皆様のご活躍を期待しております。
(2016年3月)
メッセージ1